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店のスタッフで、NZ最強と呼ばれている海域に行った。
なにせ最強だから、どのくらいの魚が釣れるか見ものだったのだが、蓋を開けてみれば、やっぱりって感じだった。 釣れている魚はバスを中心に、平均サイズ50kg近い。 一番でかい一発は、65kg以上もある。 ![]() 65kgって、私の体重とほぼ一緒ですよ! そんなの釣れちゃって、「釣竿大丈夫なんですかね」って気分になります。 釣り方は、今回ジグでもエサでもOKだった。 でも、帰りは凄い海が荒れて、船首は海に突き刺さりながらの帰還。 この地区はとっても海が荒れるところで、やっぱり魚が守られているところは、理由があるんですね。 11月25日から27日の間同じ船で同じ海域に行きます。 どなたでもOKです。参加希望者あれば、連絡下さい。 「釣り雑誌にどうしてものりたい」なんて方でもOKです。 こちらとしては、どんな方でも大歓迎。 24日の夜までに、NZのファカタネに来ていただければ大丈夫です。 連絡は gensatonz@hotmail.com へ、船代はみんなで割り勘で、現在3人いますから、次の方からは日本円で10万円を切ります! もう一人いれば、8万円ぐらいですよ。
そういえば、フライの話をしばらく書いてなかったかも。
今回は、久々にフライの話を書こう。 今年は、解禁してからあまり釣りに行っていなかった。 先月行ったら、いつもの川にまだ水が全然戻っていなくて、魚は釣れたのだけど、渇水の釣りは、川全体にパワーがなくて、どこか興ざめなのだ。 少ない水で、びくびくしている魚達を釣りのは、そんなに盛り上がらないという表現が正しいかも。 行けば魚は釣れるから、何尾か釣ったらそれでそのポイントは、とりあえずもういじらない。そんな釣り方をした。 でも、渇水の時には渇水時しかできないこともあるので、それをしておくはとっても重要なのだ。 とにかく、渇水時は水質も綺麗なことが多いから川底が良く見える。 だから、色んな場所に行ってできる限り、沢山の川底を見ること。 これで、増水時に魚が付くはずの場所に目星をつけておくことが、川が復活した時にとっても役に立つ。 どこに石があるのか、いつもひっかかっていた、障害物はどういう角度で入っているか、そこに魚はどう付くのか等々。 ひとととり、川の実像を見ておきました。 翌週、フライのお客さんが来て、その川で釣りをしたんですが、こっちはどこに何があって、魚がどう付いているかが、手に取るように分っているから、 「ここに投げて、はい止めて、1、2、3、数えたらきますよ。ほら来た」 みたいな感じで、お客さんはかなりびっくりしていた様子。 ![]() なんだか手品を見ている見たいなんでしょう。 だって、仕込みの鳩のように、私の行ったとおりに魚が釣れてしまうものだから。 やっぱり、どんな仕事も段取り七部、現場三部なんだって事ですね。
朝、店に行こうとすると、一匹のネコが玄関横のマットレスの上で寝ていた。
黒とグレート茶色の混じる、一般的な色のネコで、ただ毛足だけが、やや高級風のネコだ。 ![]() 顔の大きさからしても、そんなに年寄りののネコでもない。 どこかで飼われていたものが、他の親離れして来たのか、はたまた近くでちゃんと飼われていたネコが、他の猫に追っかけられるかして、ここまで逃げてきたのかはよく分らないが、とにかく内の家の玄関までたどり着いて、疲れ果てて寝込んでもしたのだろう。 私が、少し近寄るそぶりを見せると、少し警戒した顔で一瞬動こうとしたが、安眠を妨げるのは、私の本意ではないから、そのままゆっくりと後ずさって、出勤することにした。 それを見て猫は、安心したのか、もう一度に眠りに入るそぶりを見せた。 ところが、仕事が終わって家に帰ると、朝私がネコを見たい場所と同じ場所に、ほぼそのままの形で眠っていた。 すでに、8時間以上の時間が過ぎているわけだから、もういないものだと認識していたから、少し驚いた。 が、そのネコは今度は私に気づくと甘え声を出しながら、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。 すでに一匹ネコを飼っているくらいだから、私は世間的に言えばネコ派の人間である。 ネコが甘えてくれば、それは撫でてもやるし、エサも与えてあげたい気分になる。 でも、そこまで人間に警戒心を感じない猫となれば、本来誰かに飼われているネコだろう。 だから、不用意にエサをあげたりすると、本来の飼い主に帰らないということにもなりかねないし、それはネコのためにもいいことではない。 だから、少し体を撫でてあげた後には、すぐにほったらかしにしておいた。 それから、数時間過ぎて、庭の小さな畑に植えているルッコラとレタスと小松菜を取りにいこうとすると、玄関横からそのネコが付いてきて、作業中ずっとそばにいて話しかけてくる。 レタスのところへ私が行けば、レタスのところへ、ルッコラの葉を取ろうとすると、その手にまとわり付いてくる。 お返しに、体を撫でてあげると、凄く喜ぶので、試しに多くのネコが嫌がるおなかの部分を撫でてみたが、それでも喜んでいるくらいだった。 とても可愛いから家に入れてあげて、ご飯でも食べさせてあげたいところだけど、うちにはすでにこのネコにも勝るとも劣らない人好きネコが住んでいる。 この野良ちゃんがうちの玄関に来ると、擦りガラスのせいでなんとなく向こう側が見えてしまうから、外と内からこの二匹のネコが喧嘩してしまう。 といっても、どちらのネコも穏健派のネコみたいだから、どちらかというと控えめな「うーーーー」とか「しゃーーー」という声を出し合うだけで、体を動かして威嚇しあうというようなことはない。 とはいえ、この二匹を家の中で飼うと言うのは、彼ら的にも満足できることではなさそうだし、私的にも、どちらかのネコに格差ができてしまう可能性は否定できないので、難しい。 だけど、なついてくる二匹のネコのうち、一方にエサを与えて、膝の上に乗せたりして、もう一匹は寒い外に出しておいて、エサさえ上げないと言うのは、なんだか非常に心が痛むのだ。 例えひと時の良心が、そのネコのためにならないとしても、それは単に「言うは易し」なのであって、実行するのはとても気が重い。 情がうつらないように、名前も付けないで今は単に「外ネコ」と呼んでいるが、それさえもネコ好きには嫌なものである。せめて名前ぐらいは呼んであげたい。 まあ、どうなることやら、この愛嬌で誰かに拾われるのが一番なのだろうが、うちの家軒下で毎日寝ているようでは、先が思いやられる。
桜が最高潮になってきた。
おかげで、マダイも好調で、色んなお客さんから私の店で薦めている鯛ラバ(英語名ルカナス)で釣れたよという報告が入ってきた。 でもそれは釣れて当然のお話だから、今日はあまりそれについては書かないことにする。 私的には、最近は、釣り=仕事で、趣味=カメラという図式ができつつある。 まだ一眼レフの色んな機能に撮っていただいている状態で、自分がコントロールして取れている気がしない。 それでも、露出やら、シャッタースピードやら、ISO感度やら、ホワイトバランスやら、焦点距離やら、構図やらを調整して、いい写真を撮ろうと努力はしているのだが、如何せん基準になる何かがつかめないので、まだ正直わけ分らないというのが実感だ。 亡くなった爺さんは、朝日グラフの全国のコンテストで2回も最優秀になった人だから、生きていたら沢山のことを教わりたかったのだけど、こればかりは残念だ。 だけど、学べることがあることを最近発見した。 爺さんの家の倉庫には、尋常でない数の写真がある。 その一枚一枚が、何にも替え難いお手本なのだ。 子供の頃には風景にしか思えなかった写真達が今見ると、実に色んな事を考えて撮っているのが分る。 逆光に取るときには、対角線に長い影を入れて距離感を出してみたり、集合写真を撮る時には、明らかにみんながリラックスしている瞬間を狙って撮ってみたり、 しかもその中に祖母が入っていると、他の人は多少変な顔でも、祖母だけはしっかりと最高の笑顔で写っていたりする。 ![]() 母を写した写真も、父と結婚したての頃のものは、二人が最も若くてりりしかった頃を、最高の形で残そうとしている意図がはっきりと伝わってくる。なにせ二人がJディーンとヘップバーンみたいなものまであるのだ。 そこには、どちらかといえば愛情表現が決して派手ではなかった祖父の、確かな気持ちが見え隠れしていて、見ていてすがすがしい。 一枚一枚の写真は、同時に祖父の生きた時代を美しく切り取っていて、時代感や流行までもを美しく切り取っている。 一昔前のボンカレー的鉄製の看板を背景に、和服姿の女性と、細身のスーツにハットを被った男達が居並ぶ風景は、 きっと「当時の日本はこんなだったんだろうな」と感じさせてくれるものばかりだ。 「こんなに文字のない言葉を語る写真を私はいつの日か撮れるのだろうか」と思うと、今の時点では絶望的だ。まるで、日本からイスタンブールまで歩いて旅行を始めたようなもので、一歩一歩が目的地にどれだけ近づいていっているのか、皆目見当も付かない。 ![]() でも、歩いていっている限りは近づくのだろう。 沈黙の中で無数に語ってくる爺さんの言葉は、その道すがら無数にある標識であり、道しるべであり、道明かりなのだ。 爺さんもなかなか、にくい事をするもんだ。
サクラの花が咲きはじめた。
うちの家の前はサクラ並木なので、家を買ったときには 「春になったらさぞかしきれいなんだろう」 と勝手に想像していた。 だがNZのサクラは日本のようにソメイヨシノではない。 今咲いているのは、主に真っ白なサクラで、しかも年中春か秋のようなNZでは、サクラが咲く期間が長く、そして開花時期は不安定だ。 だから、日本のように一気に咲いて、見事に散ると言う武士道的な開花はしない。 うちの家の前のサクラも3本だけが、七部咲きになっていて、ほかは蕾のままなのだ。 おまけに、日本と違って花が一気に咲いて葉が出てくるわけではないので、花がついているのに、葉が出ていたりと、少しばかりみすぼらしい。 気温も、三寒四温ではなくて、三極寒五温みたいに、寒い日の朝は0度くらいになるくせに、ちょっと天気が良いと18度くらいにすぐなってしまう。 ところでサクラの花が咲くと、マダイが釣れるというのは日本に昔からある話で、これならこっちもマダイの時期かと思いきや、水温はめっぽう冷たくて、マダイののっ込みにはまだ当分早い。 だけど、今日は釣具店の主人とマネージャーが釣りに行ってしまっているから、一人で留守番なのだ。(お前ーらはなんでいつもそうなのだ!) こんな日は、サクラをを見ながら新たなテレビの企画やら、雑誌への投稿やらを頑張るかな。
クロマグロの釣りから友人達が帰ってきた。
みんな口を揃えて、 「あれはやばいぞ!」 という。 ジョンの話を聞くと、 「アタリは、なんだか鯛釣ってるみたいなんだよ、モサモサってきてゆっくり走り出す感じ、大して大物とは思わなかったんだよな、でもさ、俺がリールでアワセを入れると、スゲーの! 130lb(ナイロン約32号)ラインがさぁ、1000m巻かれてるんだぜ、俺のリールには、それが8分そこらで全部出て行って、切れちゃったの。信じられる?だって、ドラグの設定は40kgだよ、俺が全体重掛けてやっとドラグが動き始める感じなのに、それを8分間一度も止まらなかったよ、それで、竿だって、そこまで曲がることは想定されていないからさ、違う魚掛けた時に、8時間ファイトしたんだけど、最終的に竿がおれたんだ。 この竿、小さな子供がぶら下がっても折れないような竿だぜ、ふざけんなって感じよ」 ![]() ![]() ![]() ![]() こいつらは、250kgのマグロ釣るのに、椅子使わずに、スタンディング(立ったままのファイト)で勝負している酔狂者だ。 座ればもっと楽に勝負できるだろうが、トニーにジョンも脳みその線が何本か切れているから、スタンディングで勝負したかったらしい。 でも、上がった魚のサイズを見ると確かに凄い。 私が、ヒラマサの大物を釣ったって言っても、せいぜい35kgだ。(一般にはこれでも「せいぜい」ではないはずなのだが)これでも、つり終わると、かなり体力的には凹む。 それが、このクロマグロと比べるとたった8分の1弱でしかない。 スポーツをしたことがある人なら、付加が2倍になることの恐ろしさは分るだろう。 それが、8倍なのだ。 想像を絶する。 ただ、この釣りも毎年クロマグロが賢くなっているらしく、こんなに凄い状況が続くのもそう長くないだろう。 せいぜい5年くらいだろうか。 興味がある人は、早めに挑戦するに限る。
ジョンが釣りから帰ってきて、クロマグロの塊を分けてくれた。
色んなパーツがあったけど、私は少し血合いの入ったパーツを選んだ。 ジョンはこのでかい塊を10個ほど、箱に入れて帰ってきた。一つの塊の重さ推定3kg。ダンボール一杯が、要するに血のしたたる肉の塊である。 ![]() 飛行機代も足が出そうなくらいの量だが、全体の重さが200kg以上だといっていたから、それでも全体量の数分の一にしかならない。 自分の分を受け取りながら、日本で買ったら一体全体いくらするんだろう?なんて下衆なことを考えてしまった。 家に帰って、まずは刺身にして試食。 「ウメー!」 ニュージーランドではマグロの刺身を食べられるのは非常に希なのだ。(数はいるけど、いいものがマーケットに出ない) しかも、この刺身は釣れてから一度も冷凍されていない。 要するに、現地直送のものなのだ。 まずい訳がない。 その夜は、友人宅で一緒に夕食を食べる予定だったので、でかい塊を持っていくことにした。 友人は、ちょうど夕食にちらし寿司を作っており、それにマグロと、私が2日前に釣ったアオリイカが加わり、「スーパー贅沢ちらし寿司」に変貌した。 ![]() 死ぬほど食べて気持ち悪くなったけど、マグロはまだあと2kg近く残っている。 クロマグロって、釣っても食べても凄い魚だ!
私の働いているショップYeehaa Fishingのメンバーがニュージーランドの南島にクロマグロつりに出かけた。
この時期は、ホキと言う魚を取る大型漁船の後ろにクロマグロがくっついて回遊してくるので、アベレージ200kgオーバーのクロマグロが釣れる。 200kgのクロマグロって、要するに相撲取りと同じくらいだってことだ。 そんなクロマグロが、ウヨウヨ来るものだから、この海域はこの時期だけ海のゴールドラッシュ状態となり、世界中から釣り人がやってくるのだ。 しかし、まだ世の中ではあまり知られていないから、日本人はまだ少ない。 そんな場所に店のグループが出かけた。 このツアーに関してはオーナーもマネージャーも行く前から、舞い上がってしまっていた。 店内も、前の年の映像を流し、大張り切り。(仕事しろ!) そして私はお留守番(何でだ!) 一週間、店を切り盛りしてやっと今日電話がつながった。 「どうだった?」私が聞くと 「駄目だね」とマネージャーのジョンが言った。 「どう駄目だったんだよ、食わなかったの?」 「いいや、一番でかいのが275kgで平均200kgくらいかな、全員釣れたよ、でも世界記録が取れなかった」 「要するにー、 …俺に対する嫌味かよ!汗一杯かいたろうから、わきの下にでCRC556でもつけてろ」 「ハハハ!いいなそれ」 うちの店は風通しが良いので、オーナーにもマネージャーにも私は基本的に敬語的な話し方はしない。むしろ、完全に対等に話をするようにしている。 「じゃあ、せめて俺に魚の切り身もって帰ってくれよ、トロだけで良いや」 「いいや、お前に食わすマグロはねー!」 「お前は次長課長か?!」と言いたかったが、これだけは英語で言ってもまったく理解されそうにないので、やめておいた。 取り急ぎ、クロマグロがえらく釣れるところがあると言うことだ。 どうだ、釣り好きの人は大いにうらやましがってください。 近いうちに私の手元にいい映像が回ってくるだろう。そしたら、詳しい話をすることにします。 おたのしみに。
うちの細君は、本を読むのが好きだ。
そしてしかも色んなことに入れ込みやすい。 歴史などもとてつもなく詳しい(大学では文学部歴史学科だったくらいだ) いわゆる、今で言うなら、典型的どころか、筋金入りの歴女である。 その証拠に、私とはじめてあったときに盛り上がった話は、三国志の中で誰が好きか?という話で、私は生まれて初めて、自分よりも三国志に詳しい女性がいることに気づかされた。 そのときも、私が三国志のキャラでは誰が好きか?という、今考えれば誠に不用意な質問をしたものだから、その後数時間にわたり美少年「周愈」(正確には王へんがつくらしい)と孫権と赤壁の話を聞くこととなった。 例に漏れず、ガンダムの話もそうなのだ。 この間も、最近世間ではガンダムものが盛り上がっているので、不用意にも「ガンダムのモビルスーツはどれが好きなの?」なんて話したところ 即座に「キュベレーだよ」という答えが返ってきた。どのくらいの早さだったかというと、私がその質問を言い終わらなかったくらいだから相当である。 これは明らかに以前にそのことをしっかりと考えたことがあるか、またはその質問を受けたことがあるかだ。 私が思うに、細君はこの質問を自分で一度想定し、真剣に考え、質問されるのを待っていたに違いない。 私は、いわば念入りに仕掛けられた言葉の罠にはまったようなものである。 ともかく、私がキュベレーって誰が乗ってたんだろうと一瞬戸惑っていると、 「えっ!キュベレー分んないの?駄目じゃん」という話から、ハマーンカーンという女性がいかにリーダーシップがあり、政治もうまく、そして何よりも物凄いニュータイプであること。キュベレーが女性らしいデザインの上に、ファンネルを装備していて、彼女にしか使いこなせないモビルスーツであることを散々語られてしまった。 私も、ガンダムについて語るのはやぶさかではないのだが、時に細君に圧倒される。(細君は時にではなく、常に圧倒しているといっているが)
いつもお世話になっている磯渡しの船長は、バリーという名前だ。
私が手配したテレビには必ず出ている人なので、顔を見たことがある人も多いはずだ。 とにかく、優しい爺さんで、いつもニコニコしている。 無理なことを言うと少し顔が引きつるが、その引きつり加減で言葉では伝えられない情報を教えてくれる、分りやすいオヤジでもある。 私に言われて、磯渡しようのブリッジを付けたり、いい磯のアドバイスをくれたりと、色々と助けてくれた。 とにかく性格の良い叔父さんだった。 一番最近釣りに行ったのは、今年の4月で、そのときも元気一杯だった。 その彼が、皮膚癌だと知らせてきたが、先月の中ごろ。 メラノーマという最もたちの悪い癌のひとつだ。 癌の部分の皮膚を切り取ると、切り取った周りがまた癌になったりするらしい。 だから、足の裏にできても膝から切断しないと助からなかったりするのだそうだ。 でも、バリーはそんなに若くない。 だから進行もそんなに早くないはずだと思っていた。 彼が、他界したというメールが届いたのは、そのたった2週間後だった。 4月にピンピンしていた人が、7月の中ごろに病気だと診断され、その2週間後に死亡なんて、あまりにも急過ぎて、理解するのに時間がかかったが、事実なのだ。 これで、テレビにも出たヒラマサの最高の漁場に船を出してくれる人はいなくなった。 仕事的にも痛いが、それ以上に釣りの友人としての彼を失ってしまったことが痛い。 NZの片田舎の人間が一人いなくなろうが、日本人には何も関係がないと思われるかもしれないが、ニュージーランドの磯釣りの最近のテレビは、彼の存在があったからこそだということを分った欲しかった。 高橋哲也氏の磯釣りの成功も彼のおかげだ。 せめて私の好きな詩人「西行」風に彼を送ろう。 「願わくば、海の傍にて初夏死なむ、その霜月の大潮のころ」
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